されど金魚ちゃんに

どろんこにあるドウダンツツジが真紅になり燃えてるよう。
ということは里も当然紅葉、そのせいか日曜は紅葉狩りや各種イベントで諏訪地方の主要道路は随分渋滞したみたい。
その渋滞を避け遠回りして絵の教室の生徒さん親子がわざわざ届けてくれたものがある。
8月の夏祭りで孫たちが持ち帰った金魚4匹、20cmほどの丸いガラスのような器に入れていた。
黒の小さい出目金はすぐにいなくなったけどこの3匹は元気。
教室の日に、「よくこんなケースで生きてるね」という話になった。
一人が、「うちにたくさんあるから持ってきましょうか」
そんな経緯からケースが我が家にやってきた。

初めはダウンライトのついた60cmの大きな水槽だった。
それを組み立てるときに生徒さんの娘(といっても50歳くらい)Qさんは飼育歴が長いそうで、色々レクチャーしてくださった。
「金魚ちゃんもオシッコはするので(白い糸みたいなの)アンモニアで水槽が汚れる。このろ過剤にはアンモニアを分解するバクテリアが棲みついて・・・云々」
「水替えは慎重に徐々に慣らしたいので温度計とヒータもセットして、水替えは1週間に1度は・・」
無理!と思ったけどふんふんと相槌。
「水温が高くなると元気になっていくらでも食べるけど、その分水が汚れる」

そんなこんなでやっていくうち大きな水槽ではろ過水に流されるということで、再度30リットルの小さい水槽を持ちにいってセット。
水の温度を同じにしてからカルキ抜きを入れ、さあザブンと入れるのかなと思いきや金魚を水のままビニールの袋に入れ、水槽の水を30分毎に少しずつ加え水質に慣らすという。
これまでやってきた私のガサツな対応をとても口にはできない雰囲気。
たかが金魚だったのがされどになった瞬間。
「大きい水槽ももらってください、金魚ちゃんが大きくなったら移してください」
金魚は口パク、私は開いたまま、しばし別の世界に誘われてしまった。

60の手習いで漫画を描いた

戦後食糧確保のために作られた人造湖「蓼科湖」に隣接した彫刻公園がある。
そこのチラシのデザインを頼まれ描いてみたけど、1枚のチラシではそこの良さを伝えにくかった。
まとめるとどうしても固くなり”もらってくれない読んでもらえない”ものになってしまう。
ここの良さを知ってもらうには若いお母さんお父さんと子どもにターゲットを絞り、漫画にしてみようと考えた。

白内障の手術を受けとにかく良く見えるようになったことから”やってみるか”に火がついた。
しばらく描いてないし道具は今さら残ってないしで1からの始まり。
まずはプロット、これができないと話にならんということで夜な夜な鉛筆で下書きが続く。
さておおまかなストーリーはできたが紙はどうするペンはインクは、6月に入った頃から本番で描きたくなった。
結局紙はコピー用紙でいいや、ペンはペンでもボールペンでいいや、今までなるべくそばにあるものでやってきたんだから今回も。
描いたもの16枚をパソコンに入れセリフなどを加えデータ化。
昔取った杵柄なんてもんじゃなく、60の手習いのつもりで何とか完成させたが、さてこれが果たして冊子になるのやら。
出来は兎も角、1つのものを完成する事は達成感があっていい。

還暦過ぎて漫画を描く?

2週間ほど前に買った白い消しゴムのうたい文句には、下書き感ゼロみたいな表示があった。
2カ月程前から本格的に描き始めた漫画は冊子のパンフ用。
10代の若いころには漫画家を目指してよく描いていたけど、信州にIターンしてからは、特に子育てが始まってからさっぱり描かなくなってしまった。
それを何を今さらと思う。

茅野市の観光事業は今非常に厳しい。
蓼科湖畔に彫刻公園がある。北村西望作品を中心に日展系作家の作品が数多く点在し、森林浴も楽しめる。
しかも嬉しい事に入場無料。
家族で時間をつぶすならチョー穴場といえる。でも入らない。
彫刻といえば裸、つまり裸婦を想像する。が、いやらしさを感じさせない、それが芸術である。こういういいものを小さい頃から鑑賞する習慣を身につける、それが情操教育につながる。
1枚のお堅いチラシではここの良さを伝えられないから、子どもでも読めるように家族連れにお奨めの漫画パンフを計画している。
去年までならその気にならなかったが、白内障の手術をしてからはよく見えるようになったというのも引き金の一因になってるか。

ストーリ作りからコマ割り、ペン入れからベタホワイト背景ネーム入れまでいろんな工程を懐かしさも手伝い楽しくこなしている。
数枚ペン入れしたら確認のため消しゴムをかけベタを塗る。
その消しゴムがもう小さくなったという話を書きたかっただけ。
腕の鈍り感(特にベタ)は否めないけどプラス材料もある。昔と違って描いたものをパソコンに取り込み、写真やネームを自分で入れられること。
毎晩2~3時間描いて今7合目あたり。てっ辺はまだ見えない。

チョー懐かしいテープが

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昔、といってもほんの30年くらい前、まだCDよりもカセットテープ全盛の時代があった。
新しいテープを買うお金がもったいなくてFM昼のラジオ歌謡曲から予約録音していた。
帰宅してそれらを聴きこうしてタイトルやイラストを全て手書きして独自に整理した数が200本以上あったから当時はずいぶんずく(小まめ)があったなあと思う。
やがてCDが主流になってくるとだんだん聴かなくなり、しまいにはどろんこに来たお客さんに適当に持っていってもらったりしたから今は3分の1くらいになってしまった。
それらを先週あたりからちょくちょく聴いてたら懐かしくなり、PCに入れてCDに入れ直そうかなと思って今こそこそやってる最中。
とりあえずカセットテープはまだ健在みたいで嬉しい。

そんなテープの中に本物?が1本あったから奇跡みたい。
何年か前にブログにのせたと思うけど、若い頃描いたイラストが我が街の祭りのキャラクターになった。
当時その祭りのテーマソングを歌った歌手がこんな有名人で、お披露目に市民会館で歌謡ショーを開催してくれたのだ。
まだ小さかった長女を連れ特別に入れて観させてもらったけど覚えているかどーだか、なんせ途中で帰ると言いだしたから。
まあ子供にあの音響はちとやかましかったか。
はるみ節より途中退場のほうが印象に残っている。

とてもダサいカバーだけど自分にとってお宝の1品かもしれない。
なんしろ名前もいっしょに小さくデュエットしてるから。

美味しい空気は当然

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どろんこ周辺は雪もなくなりやっと春色になろうとしている。
その代わりに花粉も飛んでるらしく毎朝喉の痛みや鼻づまりがある。
そうひどくはないけど症状が出る以上朝食前に畑に行くわけにもいかない。
なにしろ行くと連れて帰ってくるみたい。

最近外で仕事しててもマスクとメガネで迷う。一緒にやってるとメガネは曇るし。

そんな花粉とは比べ物にならない中国のニュース。
山からとってきた空気の風船に長蛇の列には驚いた。しかも空気の缶詰まで。
信州にいるとおいしい空気は当たり前。同じ地球でえらい違いだ。

先日今年初めての水彩教室があった。
この時期元気のいい草花は少ないので1発目としてフキントウを摘んできた。
毎年描いてるはずなのに新鮮な気持ちで向き合う。そう毎年食す山菜の感覚で。
ついでにパイナップルも出し、「梅干を重ねたように描きましょう」とアドバイス。
するとSさんが、「うちの梅漬けはまん丸で想像がつかない」とかで大笑い。(ブドウか)
絵を描くことは食事をするようなもの、楽しいがいいに決まっている。
あと1~2ヵ月、花粉くらい我慢してや・・・・、ヘックション!

ぐるぐる君の野外デビュー

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  5年前からボランティアで観光協会の部会に所属している。
その名も「人財バンク」、あまり知られていないのが実情で、得意分野の方の知識経験を生かしたガイドを有料でやるための登録が主でした。
バブルの時代だったら、せっかく来たんだから有意義に時間を使いたい、とブームに乗ってたかもしれない。今では財布のひもが固く難しいけど、市内にはこれだけ物知りさんがいますよと、観光だけでなく市民の生涯学習にも役立つのではないかと期待している。
そこで認知度を広めるため、マスコットキャラクターとロゴを作ってみた。
名前は「ぐるぐる君」
来週半ばにそのデモガイドツアーを蓼科湖畔にある彫刻公園で予定している。そこが野外活動のデビューになるわけだけど、新聞などでは前評判がいいみたい。

当日人が集まるのか心配だけど、「おもてなしの心とお願いします」を合言葉に頑張りますので応援をよろしくお願いします。

お座敷地蔵とは誰だ

JUGEMテーマ:日記・一般

 先日篠原涼子似の若い娘さんから、耳元で鼻に抜けるような声で優しく話しかけられた。
「どうします?」って。 私は慌てずうろたえず、
「GIかファイアーマンカットでお願いします」
と告げると彼女は奥へ小走り、どうやら先輩たちに聞きにいったみたい。確かにたまにしか来ない客ではあるけどいつものカット語が通じない?
「短くじゃ短く、1mmでバー、半分から上はグラデーションで、てっ辺はそのまま」

それはともかくとして、後から横に座ったおばはんの声が大きく、その会話が自然と耳に。
「TVの前で何にもしなくてお三度三度のおまんまを運んでもらい、洗濯も掃除もしなければ布団も畳まない、ちんたらかんたら・・・」 そして、
「そういう旦那をお座敷地蔵と言って、奥さんが先に逝くと何にもできないから大変さ」
おらのことけ! 黙って聞いてりゃてめえら~、その通りやん。
この話の落ちは自分の旦那は教師で単身赴任中にそういう事を覚えたからという自慢話だった。
これからはせめて手伝うフリでもしないとな。
ところでおばはんの方が早く終わって会計済ましてるってどういうこと?こっちの方が断然少ないのに。
ちなみに3日経っても気付いてくれんし侘びしくなったのお。
お座敷地蔵はぶつぶつ言うのであった。

たかが痔の手術その4

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  退院してちょうど2か月が経過した。その後どうだったのか、中間報告がてらの参考に。
術後3週間目に無理してコンペに参加した時は歩くのがやっと、しゃがむのも女しゃがみ、でもスコアよしで皆に「ほんとに手術したの?」とからかわれたくらい動きがノロかった。
今はハシゴも脚立も上れるし畑仕事も普通にできるまで回復してます。

この問題は毎日きちんと便が出るかどうか。完治するまでは便秘が1番怖かった。だから傷口の炎症を抑えるための強力ポステリンサン軟膏(2g)、食後に飲むとツムラのZ字湯は大きな味方、ほんとに大助りでした。
先生からアルコール摂取は呑み過ぎなければ問題ないという言葉に素直に従い、毎日晩酌してたことも便を軟らかくしてた一因だと思ってるケロ。(多分)
途中左親指を怪我したりもしたけど、傷口の痛みを和らげるのにどちらも入浴は効果てき面、気持ちいいから試すといいす。
毎日が忙しくて身体を動かさざるを得なかったことも生活のリズムを守ってたし。
薬は徐々に減らすようにしてたら、今度は飲むのを忘れたりポステリンサンも使わなかったり。つまり、すっかり良くなったってことでせうか。

私の場合は長い間騙しだましひきずってきただけに手術という方法になったけど、糸で縛ったり注射で消したり、中には入院覚悟でバイク乗りまわしてたら治った?とかいう方もおられ様々。
これで秋のゴルフが楽しみですわ。

たかが痔の手術その3

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入院の目安として、
・14日(木)午前 準備入院
・15日   手術
・18日(月) 退院予定
術後の17日、痛みを和らげるため何度も入浴し通じの来るのを待つけどその気配なし。就寝前に通じのよくなる薬を1錠出してもらったらそのかいあってか翌朝4時に目覚め思い切ってトイレへ。
痛いかなと覚悟してたら案外するっと出てびっくり。でもそのあとはヒリヒリズキズキ。だからすぐに入浴、薬のせいかこのあと2度の排便あり。先生に、「ウ○チが出たから夕方退院します」と。
まだ歩くとヒリヒリだからつま先立ち歩きしてるような情けない姿。
退院した翌日から妻に送り迎いされながらも昨日まで1日も休むことなく仕事してるけど、最初の1週間は本当にきつかった。コペンの助手席は病人に優しくないというかトラックの荷台に乗ってるような振動がビシバシ。しかもつかまる部分がないし。贅沢はいえないけど、コペンの補助席とくしゃみは1番響いた。

10日目からは自分で運転するようになったけどまだまだ痛く、力仕事はアルバイトの方にお願いした。状況としては皮膚が剥がれた状態だからそこが治るまでは強く接触すると痛いのは当たり前。それでも騙しだまし順調に回復している。
自宅に戻ってもそのあとは入浴するというパターンだったのが、今ではそれもなし、痛み止めの薬はとっくに止めたし、タンゴの散歩は行けるようになった。

で、昨日いつもの仲間とゴルフコンペに参加、ちゃんとプレーまでしてきたという回復ぶり。不思議なことに力めなかったのが幸いしたのかいつもよりいいスコアで回れたというのは皮肉な話。同伴者曰く、
「秋のコンペ前にまた手術すればいい」←やるか
まだ走ることはできないけど普通って本当にありがたいす。

たかが痔の手術その2

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 痔の手術は30分くらいで終えるという診察時の軽い説明だった。
腰に麻酔注射をするとき看護婦さんに肩を押さえつられたので、これは痛いぞと覚悟、でも全然。1~2分で何やら冷たいもので肌チェック。足の指に当てたり腕に当てたりしながら、
「どうですか感じますか?」、「ここは?」てな具合に。
「痛みと冷たいものは同じ感覚なんですよ」
「そーなんだ、じゃあ摘んでください」と言ったのに感じない。
「けっこう強く摘んでますよ」
ということで横になりうつ伏せの状態に。壁にかかった時計で計ると、ここから手術が終えるまでちょうど100分だった。切除した血栓というか血豆はステンレスのトレイの中に大小いくつも、型のくずれたユッケみたい。

麻酔が覚めてきたのは3時間後くらい、8時頃にTVを見てたら患部がひりひりしてきた。
この夜、寝床にいながら生まれて初めて一睡もできないとい体験をした。

眠ることのできなかった朝、ちょうどこの日から全米オープンゴルフが始まった。痛い思いをしながらも何か楽しみを見つける、この場合紛らわせることと時間つぶしも兼ねているから丁度いい。
総合病院の風呂トイレ付きの個室ということもありTVも自由に見れるから良かった。ただ、看護士さん、清掃する方、お茶担当の方、食事の方等ひっきりなしに入ってくる。そして先生たちも、
「どうですか、出ました?」
「まだ怖くて・・」
痛み止めは服用してても患部は痛いし怖くて食事の量も減るし、この日はついにお通じなし。
最初の1本?がなんともかんとも遠い。

PS.
麻酔をするとオシッコが出にくくなるということでカテーテルを。
これも点滴も初めての経験だけど、たしかにオシッコの出ている感覚がない。点滴を交換するとき看護婦さんが同じ大きさのビニルパックを2つ持っていて1つが黄色かったので、
「おっ今度は別の点滴かな」と。そしたら、
「オシッコもちゃんと出てますねえ」
それかよ~。