ビーナスは美しくなった

10年近く経つとどんなものでも表面が傷んでくる。他人から見れば大したことなくても、相当傷んでからでは何事も手遅れになる。

昨年は東口に1対のレプリカ像を設置したこともあり、色の統一感を考えていた。ちょうど頃合いだったのでGW明けから準備しゆっくりじっくり下地ごしらえを。

風のある日に凸凹をサンダ―で磨き、風の無い日に硝煙の黒で軽く着色した樹脂を固めに練り、スキージで全体に。

1度に塗れるのはボール6分目の量、その都度降りて洗ってからまた調合し足場への繰り返し。若い頃と違って身体と相談しながらぼちぼち。

そして先日日曜日に朝からスパート。

柔らかめの樹脂を塗り、乾かないうちに砂をぶっかけた。造った当時のモルタル感がほしかった。そして最後はファインウレタンを調色して塗装。

くそ暑い日のにどんだけ上ったか。汗びっしょになっても体重は変わらず、それなのに筋肉痛は慢性。

こんな1文にもならん事やるのが趣味、造ったんだから元気なうちはメンテせにゃ。でもたぶんこれが最後かも。

今回の塗装は彼女(国宝縄文のビーナス)を美しくしたい、そんなお化粧のつもりで手をかけた。

どろんこ前を通られたら立ち止まりゆっくりご覧あれ。

3度目のお色直しを

縄文のビーナスをモチーフにしたモニュメントを、2000年7月にどろんこ入口に設置した。

「どうやって焼いたんですか?」

高さ4mヒップが6mもあるのにそう聞く人が当初からたまにいる。

「これは廃材を利用して作り、住宅と同じ構造です」

当初はモルタル仕上げに着色。トラック通行の振動などで数年でひび割れ箇所が発生、2008年FRPでオブラートしベストを着せ少し色っぽくした。

遠目には分からなくても毎日出入りする入口、昨年頃から色あせを感じていた。特にクルミの木を剪定してからは。

GW前にやるつもりでいたが仕事や畑の段取り等何かと忙しくその上右手の腱鞘炎がありタイミングが難しかったが2週間程前に足場をやっと作った。

以前なら足場ができた時点で一気に作業を進めたけど、最近は上ったり下りたりしながら1時間もやればすぐにへばる。

今はこつこつ表面の凸凹をサンダ―で磨いている。

今回の着色は実験的な要素が強く一般の塗装屋さんではまず無理。

梅雨入り前に何とかしたいけどさてどんな仕上がりになるやら。

巨大ザトウムシが移動

2009年春、突如畑に出現したマトリエル?はどうなった。

8本あった足は半分に減り残った足もひん曲がったりで見る影がなくなってきた。

草を刈るにもジャマだし廃棄しようか迷った。

そもそもこれを創ったきっかけは、仕事場で出たプラスチックの廃材(足)、何とか活かせないか。そこに竹製ザルがあった。不要な灯光器もあった。

そこで閃いたのが巨大ザトウムシ。

8年の間足の数は半減したけど名前とおりザトウ無視とういうことで駐車場に移動。今朝脚立に乗って黒を塗装してリニューアル。

でも4本足のほうがマトリエルっぽいか。

左のビーナスモニュメントも今年はお色直しを考えている。

いつ気が向くやら。

ちなみにどろんこ周辺は今朝も霜があり3日連続。

連休明けるまで畑はまだまだ。だからこんな事やってるかも。

美土偶とは

毎年10月9日を、10(とう)をど、9をぐうに読ませ「土偶の日」にする、なんか無理やりこじつけたような、でもマニアックな世界だけにこういう話題つくりをする事は、縄文時代の文化を広めるとてもいい企画だともろ手を挙げて応援したい。

そんな我が街の国宝土偶2体が美土偶コンテストにエントリーされてる記事が昨日のローカル紙の1面を飾っていた。

各県から選ばれた土偶19体を見て”美”はどこ?、と思う方がいるかもしれないが、造形とはそういいったもの。

2つとない初めて眼にするものは、見れば見るほど味が出てくる。

その投票期間が9日までだから残りわずか。

茅野市は2つのエントリーがあり票が分かれて不利かも、とおもいきや今のところ4コーナーを回って縄文のビーナスが1位に立ってるようだ。

ちなみに20年前、池田満寿夫氏が来茅したおり、職員の名刺にあった小さな写真を見るや間髪いれずに「おお、まさに縄文のビーナスだ!!」と眼を丸くしたシーンを思い出す。

そんな縄文のビーナス(No.15)に清き1票を!

ありがとう絵手紙大賞もそうだけど、投票結果が楽しみ。

d-2

冬から彫刻完成

冬から粘土で作り始めた彫刻は、先日関係者と共に予定の場所にスムーズに設置することができた。

記念のプレートもはめ込まれそれらしくなった。

コンクリの塊は彫刻台であり絵でいえば額縁にあたる。

約畳1枚の大きさ、地面から20cm出ているが重さは1、4トン、びくりともしない。

市木である白樺に挟まれているから、炎天下でも木陰になる。

この台に腰かけて休憩する方がいるかもというシチュエーションも。

ちなみに市内にある国宝土偶のレプリカ(少し大きい)が仲良く並ぶのはここだけ。

本物を長く観察するには椅子がいるけど、ここならあらゆる角度からゆっくり眺めることができる。

これを見て土偶に刻まれた文様等を、特殊な能力を持つ人たちが解明するきっかけになれば、そんなロマンを思う。

冬から彫刻はいよいよ

 ここんところ不安定な天気が続いている。

毎日お湿りがあるおかげで畑のほうは何もかも成長が早い。

特に草刈り、草取りは小まめにやりたいが、今最大の敵ブヨも元気いいからなあ。

ちょっと土をいじればすぐに出てきやがる。キライ!。

 

FRPで塑像させた彫刻の設置場所はちの駅東口に決定。

ロータリーになった左側、市民館に抜けるトイレ入口辺り。

1か月前から業者に発注、先日厚さ6cmx30cmのインターロッキングをはがし、20cm掘り下げ、工場製作したコンクリの塊を据えた。

この塊が彫刻台になるイメージで。

来週には設置された像がここに立っているが、果たしてどんな反応があるやら。

冬から彫刻何とか

 どの場所でどのように作るか12月から構想を練り、1月から工場内の一角にアトリエを仮設。

いつもの冬を想定し凍みない様ひと晩中石油ストーブを点けたまま。

風除室で練った粘土は事務所を通り何十回アトリエと行き来したか。

石膏取りが終えるまで事務所の床は足跡だらけだった。

石膏取りもえらかったがFRPもやりがいがあった。合間をみては何日もパテ、研磨の窓ふさぎ。

そしてついに土日の週末、最後の仕上げの着色に。

イメージした色が出るまで何度も調色するが思うように出ない。

乾燥すると色が上る(濃くなる)のだ。そのためまた作り直す。

やっと納得の色が出来たのは昨日の昼過ぎ、仕上げにスプレーで焦げ跡を。

同じ4.5倍に拡大してあるので、一緒に飾るとビーナスが小さく見えるので鉄製の台を用意しておいた。12mmのボルトで固定。

長い長いトレックのスタート地点戻ってきた瞬間だった。

工場内の制作はここまで。あとは陽の目が待っている。

春彫刻その5

暮れから始まった土偶の制作もいよいよカウントダウン。
2つをFRP(強化プラスチック樹脂)に塑像させ、最後の仕上げは閉じた窓部等をパテで補修、磨きをしている。
樹脂作業が嫌われるのは独特のシンナー臭と、研磨ガラス繊維の混じったホコリ。
白内障手術後1m以内はメガネをかけないと見えなくなってしまったため、マスクとの併用は汗などで曇りやすいから不便。
今工場内全体が白いホコリをかぶり板金工場って感じ。先日発注元数人が見学に訪れ日程の打ち合わせを。ここで急に、山あり谷ありの長いトレックはようやく民家が見える所に来たという実感。
約20年前、どろんこ入口に縄文のビーナスのモニュメント(4m)を設置した。
当時は廃材を骨組みに最後はモルタル(セメント)の直付けという方法。誰にも気づかれぬよう7カ月かけて仕上げた。
それと比べると全然小さいが、彫塑彫刻という点ではかなりボリュームがあると思う。
そして偶然なのか、今回も7カ月というペース配分でここまできた。今週中に着色をしてお披露目となるが、さてどんな色になるやら。

春にも彫刻その3

 今週末から下社のおんばしら祭「里曳き」が3日間ある。
こちら(上社関係)から見れば何か他人事のように映るから不思議。
今回はこっちの祭りでさえ出れなかったのに向うのは尚更である。
最近はカレンダー通り動く企業が多い。
だから今年のGWはだらだら長かったような。
おかげ様で彫刻の粘土制作は何とか仕上げる事ができた。
土偶縄文のビーナスは全高27cm、それを約1.2mに拡大。
長野の「県展」彫刻部門出品の最大規格サイズになる。
でもこんなボリュームの作品にお目にかかった事はない。
もっともオリジナルでないからこんなの出る訳がない。
仮面の女神といい、このビーナスといい、誰が作ってもそうだと思わせる特徴を持っているが、このビーナスは何度作っても難しい。
特に頭部にはいつも悩まされる。
ほんの少しの肉付けで表情がガラリと変わるから。

石膏の型取りは企業の休みが多かったので、ジャマされることなくできた。
が、簡単そうに思えたこの後ろの窓にずいぶん手を焼いた。
何で?と思うくらい何か所もひび割れるし欠けるし、訳が分からん。
慎重に切り金を入れたのに、最後の最後に改めて石膏取りの難しさ教えられた感じ。

このあといよいよFRP(強化ガラス繊維樹脂)による塑像制作。
これも石膏取りに負けず劣らず、あまりやる人がいない面倒な作業。
長いブランクがあるからどうなるやら。

春にも彫刻その2

 阪神大震災~東北大震災~今回の熊本大震災等、わずか20年の間にとてつもない地震が何度もおきてしまった。
未曾有という言葉がこんなに何度も使われていいのか。
中学の頃災害に遭った事があるだけに自然の怖さは実感している。
そのとき肌身で感じた事は、被災の姿を撮られたりする事はイヤだった。
そして元には戻らない生活がある事も。
でも人って強い。どうか前を向いて身体だけは大切に。
仮面の制作では石膏取りに思わぬ苦労をした。
粘土をケチろうと心棒と一緒にハッポーウレタンをしこたま入れてしまった事など。
今回は少し小振りということもありシンプルな心棒に。
そのせいで粘土は以外に使ってる。
土錬機で練ること5回、ここまでの荒付けでおよそ150kg以上。
概ね形はできてきたから表面の細かい作業に入る。
ビーナスは大中小何十体も作ってきたけど、彫刻でこのサイズは初めて。付けごたえがある。
しかし何度作ってもビーナスのフォルムは美しい。

ここまで順調、連休には何とか石膏取りできそう。