思わず笑える道祖神

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茅野に住んでいると道祖神が一か所に集められている景色をよく目にする。
たいがいは気付かないし目立たない場所が多い。車で走ってりゃ無理もない。
昔は辻に立ち結界であったり旅行く人の安全祈願であったり道標として大いに活躍したはず。
それが道路工事などで撤去され、物が物だけにゾンザイにできず、とりあえず邪魔にならない所に、と集められたかも。本来の役割は果たしていない。
そこへいくと茅野市には奥蓼科温泉に行く街道沿いには番号付きの道祖神が、愛嬌ある顔で個性豊かに立っている。
思わず笑みがこぼれるくらい。

通称「湯みち街道」と呼ばれるこの道は40年前までは車で行っても人間シェイクされてるようなひどいガタガタ道だった。
今は舗装されバスも毎日通るけど、下から歩けばおそらく1日がかり、昔の人はそうまでしてたどり着き、長い湯治をしていたと聞く。
時間のある方は途中から徒歩で観音様の顔を拝んでみては。きっと笑っちゃいますよ。

おいおい罰当たるぞ

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倒れますよ、こわれますよ、つぶれますよ、早く逃げなさいよ。
そう呟きながら中を覗き込むと、「ぷっ」っと思わず吹きだした。のっぺらぼうの地蔵様にマジックで目鼻が中崎タツヤ調で。しかも誰かに似ているけど思い出せない。
まあ野ざらしでないだけいいか。アーメン←こら

ことようか?


今日2月8日はここらでは(茅野市)事八日(ことようか)の日とよんでいる。
今朝のローカル紙「長野日報」の社説によれば、集落の辻にある道祖神に餅をくっ付けて良縁を祈るとあった。しかも昔は餅で埋まるほどだったとか。最近はあまり目にしないが、目撃したことは何度もある。
また、木戸口ではモミガラや唐辛子などを焼いて臭い匂いで疫病を退散させ、無病息災、家内安全なども祈願するそうな。
茶化す訳じゃないけど、臭いもがきくなら2~3日はいた靴下を吊るして・・・、すまん。
まあ、最近はそういう習わしが廃(すた)れていってるのは時代の流れ、いたし方ない。
しかし、この社説の下りは温かかった。
「事八日が過ぎると冬がもうすぐ終わりますよ」、という目安になるのだ。
そういえば今朝の紙面に、諏訪のある所で福寿草が満開という写真がモノクロで大きく載ってたなあ。
おい、春じゃん!
どろんこ前の小山の北斜面の裾にあるこの土管(コンクリだけど)、福寿草の話には程遠いなあ。

シンボル地蔵


<槻ノ木の道祖神>
どろんこ工房から、例の穴倉方面に向かって5分くらいの道沿いにこれがある。
古い土蔵の前に最近集められたかのように、据付部のコンクリがまだ甘い色をしている。
ここで注目なのは、男女のシンボルがあること。これって縄文時代の信仰遺物だから他のとは明らかに年代が違う。
博物館、考古間、写真では見て知ってるが、本物がこんな形で鎮座してるから珍しいと思う。
これを遊びにとるか当時の切実たる状況、その他を含めて解釈は自由だ。
1つ言えることは、右端は真面目に造形されたもの、他のは偶然見つけた物で、本人は興味本位だったかもしれない。

これはムード満天


「塩沢の道祖神」
33年前に見た光景がそのままに。これたちだって道路整備されたときに全員集合させれたものだ。
どろんこ工房から西へ車で約15分、裏街道にあるから県外の方はほとんどお目にすることない。
本来この類(たぐい)は各辻や部落の入り口に祀られ、厄除けやしるべとして活躍していたものである。
こうして1箇所にまとめらたが、ここの陳列の仕方は非常にグットで座布団を上げたい。
そして、目的を果たさなくていい平和な世の中になったことに素直に感謝していいと思う。

184歳の男女


一箇所にまとめられた石碑や道祖神たち、賑やかくなって喜んでくれてるだろうか。
松本地方にはこういった男女2人の道祖神が多い。
どろんこ近くにあるこの道祖神には「文政六年三月」と文字が刻まれいるから江戸時代の後期、184年前に生まれたものだ。
茅野市にはどろんこから車で約25分、秘湯「奥蓼科温泉郷」がある。
わずか4軒しかない宿は昔から湯治客のメッカになっている。
その街道沿いに三十三体の道祖神が湯に導くように点在してるから、この道には「湯みち街道」という愛称が付けられた。
復元されたもの意外はどれもユニークな表情で、こちらまでつられて笑ってしまうくらいだ。

珍しい笠地蔵


中央線「ちの駅」のすぐ下に横内という地区がある。
どろんこから車で約10分、西の方に下る。
どちらかというと裏通りで、鉄柵に囲まれた中にこのお地蔵さんが鎮座している。
頭には灯篭のように笠をのせ、ハスの花に乗っかり浮いてるから目立つ。
じつはこの笠地蔵、全国的にはとても珍しいもののようだ。
でも膝を立てて座るポーズは行儀が悪いのでは、いやいや、韓国、北朝鮮のお家芸だから意外と亜細亜外交に貢献した人かも。

道祖神たちは


どろんことお豆腐屋さんの間に(徒歩1~2分)、石碑や道祖神がこうして集合している。
ちっとも珍しくない景色だがなぜ集合してあるのか。
茅野市はまだまだ発展途上国、道路改良や拡幅工事がされている。(個人的にはあまりいじらないほうが嬉しい)
本来部落(村)の入り口や三叉路、辻にしるべや魔よけとしてあったものが、改良とともに一箇所に集められ、セメントで固定されている。
長い年月で表情も消えかかってるが、手を合わせるお年寄りも多い。

道祖神とは


道祖神とは道路守護の神と辞書にあるが、こちらでは部落の守り神にもなっている。
それだけでなく、もちをくっつけたりお菓子を供えたりして色々お願いまでする所もあるから多様である。
だからデッサンが狂っていようが、3頭身であろうがそんなことはどうでもいい。むしろ見方によっては味があるから、まともな物よりこっち系が好きだ。
お地蔵さんは、あれでも一応菩薩様でちゃんとした立体像になっている。
道祖神は石の半分を刻んだレリーフ(浮かし彫り)が多い。
時々、手ごろなのが盗まれるが、一応神様なんだから漬物石にしてたらバチが当たりまっせ。

路傍の石と違います


今朝のローカル紙に福寿草の便りが載ってた。
どろんこの散歩コースには面影もないが、それでも春便1号になる。
お豆腐屋さんからさらに歩くこと3分、左側にちょこんと3個、というか3体がある。
今は冬草の中だが、毎日毎日通る人や車を見守ってくれている。(と思う)
信州にはこういった道祖神が沢山ある。松本の方では売りにしてるぐらいだ。
これを彫った人達は芸術家や職人ばかりではないはず。
どちらかというと、多くはボランティアをしてたんではないかと想像する。